夏の終わりはセンチメンタル。GOING STEADYが聴きたくなる。

最近、センチメンタルな日々を過ごしていた西原です。
どうやら夏が終わったようです。

常に笑顔で明るくいるのがベターとわかっていても、
いつもなら笑ってスルーできることがうまくやり過ごせなかったり
やたらと自分で自分を励ましてしまったり。

最近、そんな日々が続いていたのですが
それがきっかけで、自分自身と向き合うとても良い機会となりました。

ところで、みなさんには、あの頃はツラかった、とか
あんまり思い出したくないな、っていう時代はありますか?

今回改めて気が付いたこと。
捉えかたひとつで、ツラい経験こそが、人生の役にたったりする。
「戦ってきた相手」だと思っていたのに、「共に戦ってきた戦友」になる日がやって来ることがあるということ。

わたしにとってツラかった日々、、、それは、中学・高校時代です。

アトピーが一番ひどかった時期で、かゆくて夜も眠れない。
友達にはアトピーのことを隠していたので、いろいろと嘘もついていたし、
部活や勉強、恋など、いわゆる「青春」をしているクラスメイトのことを
お気楽でいいよね、なんて、うらやむようになっていました。
完全に心がねじ曲がっていて、自己嫌悪の日々。
一生この生活を送るのかと思うと途方に暮れるしかありませんでした。

あまり思い出したくないし、ツライことをあえて思い出す必要もないと決めてから10年がたちました。

でもその思い出を振り返ることになる、あるきっかけがありました。

先日、たまたまTVをつけたらNHKで「ひよっこ」総集編がやっていて
ある言葉がやけに胸に引っかかりました。

「なんかあっても、拾った命だから、笑って生きようって決めたんだ。」

峰子(有村架純ちゃん)の叔父である宗男おじさんの言葉です。

わたしは普段「明るく、笑顔で、気前よく」がモットーで生活しているのですが、
それができない日々を過ごしていたためか
宗男おじさんの言葉を聞いて
「わかっているけど、なぜか今はできないんだよぅ。」
と妙に落ち込んでしまったのでした。

だってわたしからハッピーをとったら何も残らないのにさ。
どうしたもんだと思ったわけです。

宗男おじさんは銀杏BOYZの峯田さんという方が演じてらっしゃいます。
峯田さんは、銀杏BOYZの前にGOING STEADYというバンドを組んでいました。

わたしはGOING STEADY(以下、ゴイステ)の「さくらの唄」というアルバムが好きで
高校生の時によく聴いていました。

そのわりに、どんな人が歌っているか当時は知らなかったし
CDを貸してくれた友人が誰だったのかも、もう忘れてしまったけれど。

そのうち、TOEICだなんだって、英語の教材を聞くようになり
イヤフォンからロックが流れて来ることはなくなって
ロックは年に一回のロッキンジャパンになっていました。

「ひよっこ」で久しぶりに見た(というか初めてちゃんと見る)峯田さんとその声に懐かしさが蘇りました。
YouTubeをひらき、「さくらの唄」に入っていた曲をいくつか聴く。
「BABYBABY」「銀河鉄道の夜」「佳代」。

10代の自信がなかった自分に引き戻される感覚。
もう思い出すことをやめていた高校時代に、胸がキューっとなる。

そして新曲の「恋は永遠」の動画が出て来ました。

「僕たちがいつの日かロックを聴かなくなっても、ロックはずっと僕と君のことを忘れることはないでしょう」

この言葉、今じゃなかったら意味を理解できなかったと思う。

高校時代を暗黒時代と定義づけていたけれど、
ORANGE RANGEにシャカラビッツ、たくさんライブに行って楽しい思い出もあったよねぇ。
いつのまにかロックを聴かなくなっても、
ロックとともに高校時代の「リアル」が、まだ自分の中に収納されていたんだ。
GOING STEADYの「さくらの唄」と共に思い出したのは、
ツライことだけなんかじゃなくて、それを発散させていた楽しい思い出も含めたものだった。

久しぶりの峯田さんは、まさかの俳優だったけれど、
わたしの中からロックと、胸が締め付けられるような思い出を引っ張りだしてくれた!

そうだ、武道館に行こう。
数日後、2017年10月13日に控えた、銀杏BOYZの武道館公演。
もちろんチケットなんて持っていなかったけど、会社からの帰りに寄り道してみたくなった。

当日、武道館から漏れて来る声、武道館を揺らす振動を感じて思い出す高校時代は、もう、暗黒時代なんかじゃなかった。

学生の時よくライブに来ていたときは、帰りが遅くなって怒られたっけ。
ライブ後にプリクラ、絶対撮りたかったんだよね。

今は大人になって、いろいろと自由だ。
残業で、会社を出たのは20:30。
それからチケットもないのに武道館にふらっときて何事もなかったように、帰路につく。
持っているのは、明日からの名古屋出張の新幹線のチケットだなんて。

30歳まで後2ヶ月というタイミングに振り返るきっかけがあったのは、きっと何か意味があったのかもしれない。
だから記念にキーホルダー買って帰った。

話は戻って、
宗男おじさんの「なんかあっても、拾った命だから、笑って生きようって決めたんだ。」って言葉。
アトピーが治って、普通に生活できている今、思うのは
わたしも「普通の生活」を偶然拾って過ごしているのかもしれないということ。

あの頃があって、今がある。
ツラい経験こそ、後で役に立つものだ。
こうして今、植物療法士になっているのだから。

だからやっぱり、人一倍笑って生きてみることにする。








お申し込み受付中のサービス

*
*
* (公開されません)

CAPTCHA